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投稿感謝!

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 6月22日(日)09時13分47秒
  中村雨紅についての、詳しい解説をいただきありがとうございました。
今回は手前の川沿いのコースでしたが、家政学院大学の方からあの説明板
経由のコースもやっております。
是非、町田W協会の例会にもご参加ください。
お待ちしております。
 
 

投稿感謝!

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 6月22日(日)09時06分1秒
  マル一日お疲れ様でした。
町興しの、イベントも蛍にとって痛し痒し。
写真頂きます。
 

例会No.512

 投稿者:MWA No.527  投稿日:2014年 6月22日(日)01時33分17秒
  『城山と蛍』に参加のみなさま、お疲れさまでした!
ほんの少しですが、蛍の姿も見ることができました。
蛍の生息地でお祭り?は如何なものかと思いました。
来年も、再来年も、いつまでも蛍が見られる環境を。
 

中村雨紅について

 投稿者:相原の歩中じじい  投稿日:2014年 6月21日(土)18時26分38秒
  本日家の中で外をみていましたら、町田WAの例会「城山と蛍」で境川を遡上され途中で本山さんが”夕やけ小焼け”の碑がある家に中村雨紅が下宿にしていたと説明しておられるのが聞こえました。
碑のある家は中村家といい相原諏訪神社の宮司でした。中村家に跡継ぎがいなかったために宮司に迎えるという事で、1917年中村家の奥さんの実家である八王子の高井家より当時青山師範を卒業し、日暮里町第二日暮里小学校の教師であった高井宮吉を養子にむかえます。童謡"夕焼け小焼け"が発表されたのが1923年であるため相原の情景を詠ったものではないかといわれています。
なお、養子縁組は"夕焼け小焼け"発表の年1923年に解消されています。

「中村」という姓を説明するためには養子の話が不可欠とおもい少しでしゃばりとは思いましたが、投稿させていただきました。
 

投稿感謝!

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 6月12日(木)19時55分2秒
  せっかくのご参加時に雨天で残念でした。
「風見鶏」は下見、本番で横目で見て通り過ぎるだけで
入ったことありません。
 

「花菖蒲と薬師池」に参加

 投稿者:会員番号751  投稿日:2014年 6月12日(木)10時28分2秒
   2か月振りの参加でした。薬師池の近隣に住む友人に誘われて、5月の藤を見に行きました。
七国山にはお気に入りの、可愛いカフェレストランもあって、仲間と度々行きます。
ファーマーズセンターは、いつも閉まっていて、初めて中を見ました。
雨中ウォークでしたが、丹精された沢山の花たちに、いい気をいただきました。
明日の山行のために、9㌔で撤退、お世話になりました!
 

新田稲荷神社と呼ばわり山

 投稿者:MWA No.561  投稿日:2014年 5月21日(水)20時47分46秒
  以前から気になっていた淵野辺の横浜線から見える新田稲荷神社を訪ねました。神社の掲示板に
はやぶさ帰還「願掛けの地」とあったので調べてみました。

淵野辺新田の開発を始めたのは文政元年(1818)です。最初に開発の出願をしたのは15年前の
文化元年(1803)勘定方出役最上徳内の斡旋により開発が始まり、文政元年(1818)開発の
許可が出ました。天候不順・境川増水・疫病などで予定通りゆかず、
文政7年(1824)検地を受け、文政9年(1826)16戸の農民が入植。入植したのは地元の次男・
三男でした。文政元年(1818)久保沢道下に鎮守としたのが新田稲荷です。当時は「すぎっぱ稲荷」と
呼ばれました。

新田稲荷神社(相模原市中央区共和)の境内には細戈神社(クワシホコ)が合祀されています。
元は旧日本陸軍兵器学校に祀られていたものを終戦の昭和20年(1945)に遷座したものです。

新田稲荷神社の境内に盛られた小丘の呼ばわり山は、平成14年(2002)に市登録史跡なっています。
同社によると、相模野が広大な原野だったころ、迷子や行方不明者が相次いだことから、人探しのご利益で
有名だった武蔵国多摩郡川口村(現・八王子市内)の今熊野権現社(現・今熊神社)を勧進し、地区の
目印になればと土を盛ったと伝えられている。高さ10mほどの丘から「迷子のだれそれやーい」と呼ぶと、
迷子が見つかるようになったと言い伝えられている。

はやぶさ「願掛けの地」と言われるのは、呼ばわり山はJAXAの近隣にあったため、小惑星探査機
「はやぶさ」が消息を絶った際、当時、やぶさのリーダーを務めていた川口淳一郎JAXA教授は淵野辺駅
までの帰宅途中に立ち寄り、不明のはやぶさの発見を毎夜今熊神社に祈っていたと言われている。
その後発見されて感動の帰還をはたしたからです。

陸軍兵器学校は昭和13年(1938)東京都の小石川(旧水戸藩邸)から現・相模原市中央区
淵野辺に移転した。昭和15年(1940)7期生の時代に終戦を迎える。最盛期には学生4000名・
軍属1000名にもなった。
跡地の一部は現在麻布大学が使用しており兵器学校当時の正門が大学の正門として利用されているほか、
防衛省陸上装備研究所、相模原市立大野北中学校などに利用されている。

?
 

投稿感謝!

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 4月28日(月)11時16分44秒
  春、新緑の季節。若葉薫る里山を堪能でき
良かったですね。山行とウォーキングを両立
させ頑張ってください。
 

若葉の源流・里山に参加しました

 投稿者:会員番号751  投稿日:2014年 4月26日(土)23時25分32秒
   3か月ぶりの参加でした。
冠婚葬祭や孫の誕生などで日程が合わずに、「例会案内」を恨めしく眺めていました。
鳥のさえずりを聴きながら、まぶしい新緑のなかを歩くことは、何て素晴らしいんでしょう(^v^)!
月に2~3回の山歩きとともに、里歩きも欠かせません。またお世話になります。
 

「山岳映画 特集上映」開催のお知らせ

 投稿者:T&Kテレフィルム 担当:水木  投稿日:2014年 4月10日(木)15時37分24秒
  はじめまして、突然のメールで失礼いたします。

4月19日(土)から開催される下記の映画祭「山岳映画 特集上映」について、貴クラブ会員の皆様に情報をお届けいたしたく、貴クラブHPを拝見して連絡させていただきました。

『山岳映画 特集上映 -黎明期のドイツ映画から日本映画の名作まで-』
2014年4月19日(土)~5月2日(金) ※4/21は休館
東京都写真美術館1Fホール(恵比寿ガーデンプレイス内)

■上映作品
・洋画
「聖山」(1926・ドイツ)
「死の銀嶺」(1929・ドイツ)
「モンブランの嵐」(1930・ドイツ)
「アイガー北壁」(2008・ドイツ/オーストリア/スイス)
「ヒマラヤ 運命の山」(2009・ドイツ)
・邦画
「雪の立山、針の木越え」(1923) /「雪の薬師、槍越え」(1923-4)
「新しき土」(1936・日本/ドイツ)
「銀嶺の果て」(1947)
「氷壁」(1958)
「黒い画集 ある遭難」(1961)
「山の讃歌 燃ゆる若者たち」(1962)
「八甲田山」完全版 (1977)
「聖職の碑」(1978)
「植村直己物語」(1986)
「剱岳 点の記」(2009)

二十世紀初頭の黎明期から現在に至る《山岳映画》の系譜を俯瞰し回顧する、過去の例のない初めての大規模な特集上映イベントとなります。
洋の東西を問わず、時代を超えて受け継がれ脈々と作られてきた、《山岳映画》の名作の数々を劇場スクリーンでお楽しみください!

会場となる東京都写真美術館では、日本における山岳写真のパイオニアを紹介し、大正時代から昭和初期の北アルプスの自然と登山の様子をとらえた写真を展示する、「黒部と槍 冠松次郎と穂苅三寿雄」展も3月4日~5月6日まで開催。
http://syabi.com/contents/exhibition/index-2145.html
本格的な登山シーズンを前に、山を愛する方々には見逃せない二週間です。
ぜひ、お誘い合わせの上ご鑑賞いただければ幸いです。

作品、上映スケジュールなど詳細は公式HP http://www.yamaeiga.com/をご覧ください。

また、ご案内のチラシは無料でお送りさせて頂いておりますので、ご希望の場合は、ご希望の部数、送り先をお書き頂いて、メールまたはFAXでご返信下さい。

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「山岳映画 特集上映」企画主催:T&Kテレフィルム
担当 水木
〒150-0011 東京都渋谷区東3-15-7 鶴間ビル5F
Tel 03-3486-6881 Fax 03-3486-6882
e-mail koyaban@yamaeiga.com

http://www.yamaeiga.com/

 

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